2014年4月アーカイブ

月ようびに川井先生がライバルの話をしてくださいました。ライバルというのは、じぶんの敵であり、ときには助け合う仲間のことだと思います。
ただ試合が強いだけで少しの努力もしないとべつの人にぬかれてしまいます。
かいとせんぱいと、たけのりせんぱいは、さいしょはたけのりせんぱいのほうが倍強かったけど、かいとせんぱいが毎日努力をしたからたけのり先ぱいと
同じぐらいの強さになったそうです。ぼくはその話を聞いてぼくはしだら先ぱいのように努力をたくさんしたいと思います。
もしもかいと先ぱいが努力をしなければ、たけのり先ぱいが何十倍も強くなっていたかもしれません。
ぼくはかいと先ぱいをそんけいしています。なぜかと言うとかいと先ぱいはしあいに負けてもあきらめずに努力をしてたけのり先ぱいにおいついたからです。
すごくかいと先ぱいも辛かったと思います。
ライバルというのは自分にとっても大事だと思います。ライバルというのは一生かわらないと思います。でも油断しているとライバルにとって、自分はライバル
ではなくなると思います。そうならないようには、自分が努力をしなければいけません。その努力は楽ではないかもしれないけど、あけらめずにやればきっと
さいごは良いことがあると思います。
その努力はむだにはならないと思います。
月曜日に川井先生が海斗先輩と猛法先輩を例に上げてライバルについてお話しをしてくださいました。
ライバルとは好敵手と日本語で言います。好敵手とは、相手の足を引っ張り合うのではなく、相手より努力し、切磋琢磨する友達のことです。
海斗先輩と猛法先輩は切磋琢磨して強くなりました。海斗先輩は猛法先輩に負けたくないと必死に稽古をして、猛法先輩も海斗先輩に負けじと稽古する、
こうして二人はつよくなっていったんだなと思います。
ぼくの好敵手と言える相手はたかひと君です。たかひと君は掛かり稽古でつかれていてもどんどん向かってきいき、地稽古では相手より先に攻めて、先に
技を出してきます。こんなたかひと君にぼくは負けたくないです。ぼくはたかひと君のような稽古はできません。でも負けたくないので、ぼくは一生懸命稽古
します。
ぼくはたかひと君に負けたくないですがたかひと君のことは好きです。後輩の面倒はしっかり見るし、掛かり稽古中にすれ違うとき、小声で「ファイト!!」
と言ってくれます。ぼくはつかれていても、とても嬉しい気持ちになります。
ぼくはたかひと君と切磋琢磨して、もっと強くなります。
僕の剣道人生は、まだ十年足らずでが、波瀾万丈でした。
たもまに僕は、自分の剣道人生を僕なりに分析して折れ線グラフに書いてみます。すると面白いほど、山と谷ができてしまいます。が、それが僕の誇りでも
あります。谷ばかりではないということは、その都度、這い上がっているという証拠だからです。山の時期のことhも谷の時期のことも今では、どちらも楽しい
思い出になっています。
失敗することは決して悪いことではない、むしろ、その失敗を乗り越えることが重要なのだとわかります。失敗しても、決してくさらず、絶対にあきらめない!
優心塾にいると何度も失敗し、そこから立ち直ることを何度も学習します。心がとてもタフになります。川井先生が水戸黄門の「人生楽ありゃ苦もあるさ」
という歌が好きなのにも納得がいきます。
忘れてはならないのは、このように一歩一歩成長する過程において、いつも隣に「良きライバル」がいたということです。川井先生は、これまで何度も「ライバル」について話をしてくださいました。ライバルは漢字では「好敵手」と書くそうです。「敵」なのに「好き」なのです。
僕には小さい頃から、かいかい、というライバルがいました。性格も違うし、得意技も違います。互いに勝ったり負けたりを繰り返し、一緒に成長してきました。
小さいとき、市民大会でどちらかが優勝し、どちらかが負けてしまった時、しばらくは口をききませんでした。でも、帰り道では、負けた方が勝った方に「おめでとう」と言うことができました。
かいかいとの過去のエピソードとしてよく思い出すのは、僕が長いこと不調のまま六年に上がった頃のことです。
少し調子をとり戻しつつあって、自分でも「いいぞ」と手応えを感じていた。そんなある日。かいかいが「お前、最近強くなったなと真顔で言ってくれたことが、素直に嬉しかったことです。
「俺のことをよく見ている。これでこそライバルだ」と感じました。
こんなかいかいがいなかったら、今の僕はいなかったと思います。小学の途中から仲間になった駿介も、同様です。加えて一つ上の海斗先輩と猛法先輩という、どうしてもこえられない存在がありました。そんな環境で育った僕は本当に幸せです。
ライバルという言葉を勘違いしている人がいるかもしれませんあが、ライバルというものは「蹴落とす」ものではない、という話もこれまで何度も川井先生がしてくれました。蹴落とすのではなく、自分が上がればよいのです。
この先も剣士として僕の美学として、ライバルを蹴落とすのではなく、自分が上がることを貫き通します。
そして、最大の敵は他の誰でも無い、自分の中にいる弱い自分なのだ、ということを理解しなければなりません。
県大会まで、あち十日となりました。稽古では自分の中にいる弱い自分に勝ち、本番では大好きな好敵手たちと力を合わせ、優勝旗を再び優心塾に持ち帰ること!これを毎日イメージして僕の最高の状態で当日を迎えます。

先日、ソチオリンピックの金メダリストの羽生選手がインタビューで強さの秘訣を語っていました。
「特定の選手を意識してしまうとと、自分のスケートができなくなってしまう。だから僕は、僕の最高の演技をすることに集中しました。」と。
県大会では、川井先生の指導に忠実に、僕の最高の剣道をすることに集中します。
私にはまだライバルがいない。しいて言ってみれば、私のライバルは自分だ!。私のライバルは、とてもめんどくさがりやで勉強はもちろん辛い稽古もしたくないとワガママを言ってくる。最近、猛法と海斗が道場を卒業した。同い年なのに、とてつもない力の差があり稽古ではいつもボコボコにされた。私の何十歩も前にいた二人を私は見ていることしか出来なかった。
ライバルは悪い物じゃない。二人で一緒に強くなっていくもの、まもなく高校に進学するのに私は「ライバル」がいないこと、まだそんなレベルじゃないことをとても恥ずかしく思った。
辛い稽古は、正直に言うとなるべくしたくない、でも適当にやった稽古と一生懸命稽古をしたときの終わった後の達成感の差ははんぱじゃなく違う。
断然一生懸命やった稽古の方が気持ちもなんだかスッキリするし、この感じをまた味わいたいと思うようになるから私は次の稽古も一生懸命やろうとはその時は思うのだが持続しない。
私のライバルは、いつ出来るか分からないが、そのライバルが恥ずかしくならないような剣道がしたいし強くなりたい。

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