2012年6月アーカイブ

川井先生が、缶けりの話などいくつかのお話をしてくださいました。後輩たちの作文も読んでくださいました。

まずは、その作文について書きます。ぼくは、その中でりょうたの「花がある道場が好きです」

という一文に「ズキン」と心を打たれました。りょうたはまだ小さいけれど、川井先生の気持ち」が伝わっていると思いました。

川井先生は、お花好きな先生です。だから道場の外にも中にもお花がたくさんあります。こんな道場は、世界のどこを探してもないと思います。川井先生は、この道場に通って来る子どもたちは強くて「優しい」心をもってほしいと思って、お花をたくさん育てているそうです。

ぼくは、そんな作文を書いたりょうたをみていると、りょうたの笑顔がお花のように見えてきました。りょうたの笑顔をみているだけで、暗い気持ちがふき飛びます。まるで紫陽花のようです。

りょうただけではなく、つらい稽古に負けないぼくたちの明るい笑顔自体がお花のように道場にたくさん咲いていると思いました。これからも笑顔をたやさずがんばります。

 

缶けりの話でも、同じような事を思いました。遊びの中で、ふてくされたり、いじけたりすると、仲間から外されます。

いじけた子の機嫌をとるほど、子供の世界も、あまくありません。川井先生の少年時代もそうだったように、今も変わらずそうだと思います。そしてそれは、大人になって仕事とかになると、もっときびしくなると思います。

「いじけない」「ふてくされない」「前向き」「笑顔」は、自分が自分のためにできる、自分を幸せにする方法です。

これを守っていると、自然と友達がたくさんできて自分がとてもハッピーになります。

ぼくにもたまに、つらいことがあります。そして、ちょっと落ちこんだりします。でもぼくには、大好きな家族と大好きな優心塾の仲間がいる、と思うとすぐに立ち直ります。そうやって、これからも何でも乗りこえられる気がします。川井先生の教えを守ってこれからも明るく元気に笑顔の花を咲かせながら前へ進みます。

おはなさんきれいですねってたまにいってなかった。

いままで、あまりいみがわからなかったからです。

これからおはなさんきれいだねをちゃんといいます。

りゆうは、きもちをこめていったらきれいにさくからです。

さんぷんかんそとで、みてきた花でいちばんきれいだった花は、バラです。

花のあるどうじょうがすきなので、もっとお花さんきれいですねをいいます。

けんどうは、つらいしきびしい。

でも、川井せんせいは、こわくてきびしいですが、いっぱいほめてくれます。いえですぶりをしてないとすぐわかります。

いまぼくは、けんどうが大すきなので、ちゃんとやります。

なのでせんぱいにかちたいです。

きょうは、はねだせんせいとけいこができてとてもうれしかったです。

またいっしょにけいこがしたいです。

もうすぐがっしゅくがあります。

どうじょうにとまるのが、はじめてなので、とてもたのしみですが、けいこやしあいや、ぜんぶがっしゅくまでにできるようにがんばります。

この間、川井先生が、太陽の作文の話をして下さいました。

太陽の作文の中で、「いじけない、ふてくされない、前向き、笑顔は、自分が自分のためにできる自分を幸せにする方法です。」という一文を、川井先生はとても良い文だと紹介して下さいました。

この話を聞いたときぼくは、遊んでいる時に、自分のいやなことや、思っていることがうまくいかないとすぐにいじけたり、ふてくされたりしてしまうと思いました。

自分の性格が分かっている人は、いじけたりしても気をつかってくれたり、優しくしてくれます。

分からない人は、たくさんきらわれたり、仲間に入れてもらえなかったりされていると思います。

ここから、自分の不得意なところをみなおすことができました。それは、自分から人に声をかけたりすすんで行動することが大切だということです。

自分自身がたくさんの人と話したり、遊んだりしてぼくを知ってもらうきっかけができたので、今年の合宿では、先輩方に頼ってばかりいないで、自分の考え、思いを行動に表し、仲間と仲良く、たくさんの仲間と楽しんで稽古をすることを目標にしてがんばります。

ぼく自身が変わらないと、真の友達はできないので、自分が自分のために自分からたくさんの仲間と話していきます。

ぼくが変わるのを見て下さい。

遊戯三味。  成田 亮輔

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日曜日、川井先生が遊戯三味という言葉について話して下さいました。この遊戯三味という言葉の意味は、楽しい事をするという意味ではなく、することを楽しむという意味です。

この言葉は禅の言葉と川井先生が話して下さいました。僕はそもそもなぜこの言葉が禅の言葉なんだろうと思いました。そくで僕はまず、お坊さんが日頃している、「修行」という行いに目を向けてみました。そして調べてみた結果大きく分けて二つの意味がありました。

一つ目は、財産、名誉、などの人間的欲望から解放し、生きている事、それだけに満足感を得られる状態を追求する事。二つ目は、怒り、怨み、妬み、僧悪といった否定的感情をすてなければならない。という事です。僕は修行ということを改めて知り、お坊さんは常にポジティブにならなければならないと思いました。どんなに辛いことや苦しいこと、めんどくさいこともそれを楽しむという気持ちに変える為にこの遊戯三味という言葉ができたんだと思いました。

それと同時に太陽の作文であった、いじけない、ふてくされない、前向き、笑顔の自分を幸せにする方法は遊戯三味という言葉と全く同じ事だと気付きました。またこの言葉は大人になっても同じだと思います。いつもしている仕事を遊びや楽しいという気持ちに変われば僕は、いつも見ている世界観が大きく変わると思います。

この言葉はお坊さんだけではなく日頃普通に生活している僕たちにも、意味のある大切な言葉だと思います。

なので僕はこれからこの言葉も忘れず、日頃の生活や剣道で辛い事があってもその全てを楽しんでこれからも、がんばりたいと思います。

 

 

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