2012年5月アーカイブ

 剣心創人の意味は、字の通り剣の心で人を創るという意味です。剣の心とは、正しい心です。正しい心を持っているということは、優しくたくましい心を持っているということです。 
北原先生は、僕たちに剣道を通して正しい心を持った優しくたくましい人になってほしいという願いをこの言葉に込めたのかなと思いました。 
剣心創人の言葉通り、僕は剣道をやってきて人の気持ちがわかったり、困難があっても乗り越えることができたと思います。僕は剣道を強くして試合で勝ちたいという気持ちばかり前に出てしまう事がありました。でも技術だけ上手になっても、肝心の心が強くなければおもいきった技や、真っ直ぐな打ちは出来ないと思います。技術も心も両方強くならなければ、本当に強くなれないと思いました。 
 僕は優心塾の剣道の中で、剣心創人という言葉はとても重要でかけがえのないものだと改めて感じました。
なので僕は、これからいつもこの言葉を胸に剣道をしていきます。
「剣心創人」 
僕の好きな言葉の一つです。この「剣心創人」の意味とは、剣の心で人を創るという意味です。剣の心とは正しい心です。でも僕はこの言葉に一つの疑問がありました。それは正しい心とはどんな心だろうという事です。僕はいろんな事を考えました。正しい心とは、優しい心なのか、素直な心なのか、たくましい心なのか、厳しい心なのか、そして考えた結果、僕の答えが出ました。それはおもいやりの心、感謝の心です。おもいやりの心とは、相手のことを思う優しさです。この心は人間としてとても大切な事だと思います。この心をつくるのは、とても難しい事です。きっと普通の人達なら自分が辛いと相手の事は考えないと思います。僕もまだその一人だと思います。自分の事だけで精一杯で、相手や仲間の事を気遣う事ができません。なので自分を苦しめて思いやりの心をつくります。 
もう一つの感謝の心は、川井先生が話してくださった事があります。それは、最近の子供はしてもらって当たり前だと思っている。一つ一つに感謝をしていない。という事です。僕も考えてみれば、してもらって当たり前という自分がいて、あまり親に感謝していませんでした。その気持ちが浮かび上がった瞬間、僕はとても恥ずかしくなりました。それと同時に親や面倒を見て下さった方々へとても申し訳ないと思いました。僕は二度とこんな恥ずかしい事はしません。ささいな事でも感謝の気持ちを忘れない人間になります。 
そして「剣心創人」の言葉を胸に、今までお世話になった方々へ恩返しをし、正しい心に近づけるよう努力します。

 「剣心創人」この言葉は北原先生が考えられた言葉です。意味は剣の心で人を創るです。 その中でも剣の心とあります。剣の心とは正しい心です。正しい心。正しい心とはなんだろうと、疑問に思いました。なので正しい心について考えてみました。自分なりに考えた結果、正しい心とは、自分が本当に正しいと思ったなにかだと思いました。その本当に正しいと思ったなにかを弟子や、後輩に教えていく。これが剣の心で人を創ることになっているのだと自分は思いました。皆さんは正しい心とはなんだと思いますか。
北原先生が本当に正しいと思った教えを、川井先生、先生方、そして僕たちに「剣心創人」として、くださったのだと思います。
北原先生が創られた「剣心創人」の言葉を僕たちは胴につけて、試合などにでています。
この「剣心創人」という大事な言葉を胴につけていながら、試合で負けたらすごくくやしいし、北原先生にも申しわけないと思いました。練習でぬいたりすると強くならないし、やはり、北原先生にも申しわけないと思います。
 だから、これからの試合、練習、共に「剣心創人」の言葉にはじぬよう、日本一を目指してがんばります。

 「ありがとうございました。」ぼくは川井先生のお話を聞いてその言葉の大切さを知りました。日曜日にバーヘーキューがありました。とても楽しかったです。そして水曜日に先生に「ありがとうございました。」を言った人がいませんでした。今はなんで言わなかったのかととてもはずかしいです。バーベキュー以外でもいつもだれかの支えんがあるから楽しいことができます。なのにそのことに対してお礼も言えないなんておかしいです。ぼくは、そのおかしいことをへいきでやっていました。ぼくは六年生なので大きな支えんはできません。それでもできることはたくさんあります。そして大人になったら今まで支えられてきた分、人を支えることが大事だと思います。だから人に支えられたらまず感しゃして「ありがとうございました。」を言うことを忘れずにしていきます。人はだれかれの支えなしでは生きていけません。バーベキューの準備をして下さった先生、お父さんお母さん本当にありがとうございました。
同じことはくり返さずに一生この「ありがとうございました。」という言葉を忘れずに生きていきます。

剣の道  高校1年 端 真璃華

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雨宮先生と私が出会ったのは、小さい頃のことなので正直あまり覚えていません。でも稽古をつけてもらったことは覚えています。たくさんの稽古をつけてもらってきて、小学5年生の時に、「端さんは素直な剣道をしているね。」
と、初めてお言葉を下さいました。素直な剣道をしていると言って下さったのも、もちろん嬉しかったのですが、何よりも嬉しかったのは、初めて名前を呼んでくれたことです。
雨宮先生はすごく優しくて剣道も強くてきれいで、尊敬している先生です。そんな先生に名前を呼んでもらって、もう嬉しいなんてもんではありませんでした。雨宮先生が道場にいらっしゃるたびに、「端さんは、端さんは」と言って下さり名前を呼んでいるのだけではなく、名前を覚えていてくださったのだと思いながら、にやけてしまいました。にやけてしまうほど嬉しく、私は雨宮先生の一番になりたくて必死に稽古に掛かっていました。当時の私も、今の私も、雨宮先生がどうして私を可愛がって下さるのか正直わかりません。私の剣道の何がいいのかわかりません。ただ
ひたすら雨宮先生に可愛がってもらいたくて、自分のすべてをぶつけていました。
  雨宮先生は次、いつ来られるのだろうと、わくわくして待っていた中学生の夏頃、雨宮先生は体調を崩してしまい、道場に来られなくなりました。私をこんなに可愛がってくれるのは雨宮先生しかいなかったので、すごく悲しかったです。そのようなことを手紙に書くと、雨宮先生は、いつも、「また必ず行くからね。」と、返して下さいました。その言葉を私は信じ、次に会う時はもっと成長した自分を見てもらおうと、気合いが入っていました。でも先生の体調は悪化していくばっかりでした。なのに私は、あの言葉を信じて雨宮先生のことも考えずにずっと、「また道場に来て下さい。」と、送り続けていました。今思うと自分は何をお願いしているのだろうと思いました。あの時、先生はベットで寝たきりで無理に決まっているのだから自分から会いに行くべきでした。先生のこと大好きなのに何もしないで先生は旅だってしまいました。  もう雨宮先生に会えないと思うと、すごく、すごく寂しいです。でも、私は足を止めません。先生にはもう会えないかもしれませんが、いつまでも先生が私のことを見守ってくれると信じています。なので私は、先生が言って下さった言葉(素直な剣道)に向かって前に進みます。これが何もできなかった私からのすべての恩返しだと思います。なので私の成長を最後まで見ていて下さい。たまには違う道に行ってしまうこともあるかもしれませんが、その時は、雨宮先生との一つ一つの思い出を思いだします。
  雨宮先生みたいな素晴らしい先生に出会えて本当に良かったです。私は幸せ者です。可愛がって下さって本当にありがとうございました。先生のことは一生心に残しておきます。

ふわっとやわらかくて、小がらで優しい雨宮先生。
川井先生に残してくださった「芸に遊ぶ」という深い言葉には、師匠から弟子への静かで大きいメッセージがこめられていると思いました。
  僕なりに調べてみたら「芸に遊ぶ」という言葉は「論語」で「孔子」が弟子たちに説いた「道に志し、徳に依り、仁に依り、芸に遊ぶ」という中に出てきます。
  ぼくたちにとっては「芸」は剣道にあたります。では「遊ぶ」というのは、どんな意味なんだろう。難しいけど考えてみました。「遊ぶ」とはただたんたんとやるのではなく、それをやる理由を理解して、その中に面白さ、楽しさを感じながらやる、ということだと思います。
  例えば、試合で負けたとき。「つまらない」と思い自信をなくし「ふてくされる」のではなく負けた理由を考えることが、次につながり面白さにつながります。ここでいう面白さというのは「お笑い」や「爆笑」とは違う気がします。「興味をもつ」や「とことん追求する」ことだと思います。そして、どんなに苦しい状況でも前向きに楽しく考えられるだけの強さを持つことかなと思いました。そんな「心の余ゆう」を「遊ぶ」というのかもしれません。「芸に遊ぶ」という言葉は深すぎて、今の僕にはここまでしか理解できませんでした。
  でも、修行を重ねるつれて少しずつ少しずつ、もっと本当の意味がわかってくることを信じています。ぼくが川井先生のもとで剣道を学び続けている理由は、剣道の修行を通して優しくて大きく広い人間になりたいからです。
  剣道を楽しく、楽しく。心の余ゆうを持つことは、簡単なようでとても難しいことだと思います。ぼくも剣道のけい古を通して雨宮先生が残してくださったメッセージの本当の意味を追求し続けます。「剣に遊ぶ」ができるように成長したいです。
 雨宮先生、本当にありがとうございました。

ぼくの通う優心塾川井道場はほかの道場とは少しちがいます。
ふつうの道場はお金をかけて大工さんに頼んで建てます。
ですが、川井先生は五百万円しかありません。それでもいろいろな人の努力ややさしさで建てあげた道場です。
少ないお金で道場を建てられたのは、大工さんにはあまり頼まず、川井先生や優しい心の子どもを育てようと集まった人たちでほとんどつくったからです。
材料だけで予算を超えてしまうのに道場をつくれたのは、業者の人が材料を安くしてくれたり、一部では無料で取り付けたりしてくれたからです。
ぼくは前からどうしてこんなに安くしてくれたり、人が集まるのか疑問でした。
先生の話では、「優しい子を育てます」と言ったそうです。
でもそれでもどうして人が集まるのかまだ理解できませんでした。
でも今はわかります。
それは、先生は信頼できる人だからです。
ほかにも先生はこういう話をしてくれました。それは「一つの道場にはそれぞれ神様がやどっている。」と言っていました。
きっと、優心塾は、道場をつくった人たちこそが、この道場の神様だと思います。

僕の通う優心塾川井道場は、外から建物を見ると剣道場らしくありません。でも、中に入るととてもすてきな道場です。
優心塾川井道場は、川井先生が「やさしい子・たくましい子」を育てたいという思いからつくられた道場です。そして、道場をつくりたいと思う先生の気持ちにたくさんの方のちからをかりて、のべ四百二人の手で「手作り道場」をつくりあげたのだと聞きました。
川井先生の強い思いにたくさんの方が協力をしてくださり、ひとつひとつていねいにつくられ、アイデアを出し合い、先生の思いとたくさんの人の思いが今のすてきな道場になったのだと先生のお話やホームページを見て思いました。
道場が完成して十一年。できあがったばかりのころの道場の床は真っ白でした。十一年たった今、先生や先ぱいたちが汗を流し一生けん命けい古をし、ぞうきんがけをしてきた床は黒々としてつやがあっていい味を出した床の色になっています。
ぼくの通う道場はたくさんのひとの思いがつまった手作りで、どこをさがしてもこんなすてきな道場は無いと思います。完成したときよりもさらに進化している道場がぼくはすきです。
ぼくはこれからも努力を続け、川井先生のように仲間を大切にして人として信らいされ、ぼくじしんが味のある人間になりたいと思います。

川井先生は今日、「あじさい」の話をしてくださいました。
あじさいを漢字で書くと、むらさきの陽(ひ)の花と書くそうです。つゆの雨の多い季節にさく花なのに、なぜ「陽(ひ)」と書くのか、不思議です。
川井先生は道場を作った時に、うらの山にあじさいを植えました。でも、山の土には栄養が少ないので、あじさいはかれてしまいました。かれては植え、かれては植え苦労してがんばりました。すると今では、たくさんのあじさいの花がさいています。川井先生のすごい苦労のおかげでさいているとは知りませんでした。
あじさいは、つゆの時に雨が続いてみんなが一番いやだなあと、心もじめじめする時にきれいなうすむらさき色の花をさかせる花です。そして、その花を見る人たちの心を明るくします。だからむらさきのひ(陽)の花と書くのかなあ、と思いました。
そして、あじさいは、ちいさなかわいい花がたくさんくっついて集まって大きな花になっています。北原先生がおっしゃっていたように、ひとつの力よりみんなの力を合わせてグーの力にしている、それみたいにも思います。だからぼくは、あじさいが好きです。
みんなの力を合わせて、全国大会で勝って勝って、大きなあじさいの花をさかせます!!

川井先生は、アジサイの花の話をしてくださいました。道場を作る時に「花いっぱいの道場にする。」という思いをある人にお話した時、その方は、「それは楽しみですね。」とおっしゃったそうです。先生は梅雨の時にがんばってきれいにさいているアジサイがすきだそうです。梅雨の時のじめじめした感じやいやな気持ちがふっとぶからすきだと話てくださいました。
毎年道場のアジサイは色とりどりのアジサイがさいていて、面の中から見えるアジサイは、がくぶちにに入っている絵のような感じがぼくはすきです。
アジサイを育てるのに先生は何ども失敗して、育て方のポイントを教えてもらって失敗を繰り返すたびにコツがわかってきたそうです。先生は、花やぼくたちを一生けん命そだててくれています。花はたくさん話かけるとうれしくてきれいにさくと前に話てくださったことを思い出しました。これからも道場の花や家の花に話かけます。
先生が花を育てるのに何度も失敗したように、ぼくも剣道や勉強で失敗することがあります。失敗してもなぜ失敗したのか反省をして、失敗をのりこえていけるようにしたいです。

川井先生、まりか先輩、ほのかちゃん、そして優心塾川井道場の先生や友達の皆さん、本当にありがとうございました。
初めて、優心塾川井道場で稽古をしました。 
葉っぱがたくさんで、緑のにおいのする花がとてもきれいな道場でした。 
手で話す人が少ないので、川井先生や友達が、手話であいさつしてくれて、とてもうれしかったです。
はじめは緊張してどうすればよいかわからなかったけど、まりか先輩とほのかちゃんがとても気にしてくれたので少し安心しました。稽古が始まって、足さばき、素振りです。私はむだな力がたくさんでみんなより遅いです。力を抜いて肩、手首。むずかしい。毎日練習です。そして、一番大変だったかかり稽古です。初めてやりました。みんなすごいです。
心が強いです。私も心を強くします。
大変だったけど、先生たちもみんな一生懸命がわかったので、だんだん楽しくなりました。泣きそうでも顔が笑ってしまいました。またやりたいです。
川井先生との稽古です。怖かったです。でも優しいのがわかりました。竹刀でお話ができました。足りない所を教えてくれました。ありがとうございました。 
私は剣道を始めてからずっと日本一になりたいです。今はまだ無理です。でもいつか必ず日本一になります。続きがあります。日本一で終わりません。私は剣道が大好きなので、死ぬまで稽古します。剣道を続けるのが一番大切です。
大人になったら剣道の先生になりたいです。私と同じ聴こえない子に教えます。剣道をやる子がたくさんになれば幸せです。
川井先生、道場の皆さん、もっともっと稽古したいです。今の道場でも、教わった事を忘れないで稽古します。足りない所を直します。早くみんなに追いつけるよう頑張ります。 合宿も行きたいです。また稽古をさせて下さい。 ありがとうございました。

先週の日曜日に宮坂ななさんという耳の不自由な中学1年生の女の子が道場に来ました。最初に木守に宮坂さんが来ていると聞いて試合を見たときに、どうして声音が分からないのに、「やめ」や一本を取られたことが分かるのだろうとおもいました。後から宮坂さんが相手から一切、目を離さずに試合をしているのを知って僕はとても驚きました。僕は相手から目を離さずに試合をした事がないと思ったので、宮坂さんは集中力や強い気持ちがあると思いました。
その後日、宮坂さんが優心塾に稽古に来るということを知って、いつもどんな風に稽古に取り組んでいるのだろうと思いました。
 そして、宮坂さんが稽古をしているのを見て感じたことは、集中して先生の動作や周りの人の動きを見て理解していると感じました。
 そして宮坂さんと稽古をしている最中、ずっとこちらを見据えていて、少し気持ちで攻められてしまいました。
 その日の地稽古で、相手から目を離さずにやってみたら、相手がよく見えた気がしました。
 宮坂さんは、いつもそういったことを心がけているので早く上達したのかなと思いました。 なので僕もこれから、相手から目を離さずに稽古していきたいと思いました。そしていつも気を抜かずに集中して気を張り詰めて稽古すれば、今までのように何回も同じ事を注意されず、前に進んでいけるとおもったので、それを心がけてこれからの稽古に取り組んでいきます。

 日曜日に、七海ちゃんが道場に来てくれました。七海ちゃんは生まれつき耳が聞こえないのに剣道をしています。
 私が七海ちゃんと出会ったのは、木守のときです。川井先生に七海ちゃんを紹介してもらい、私は、耳がきこえないのにどうやって試合をするのだろうとすごく興味深かったです。そして試合を見ていると、自分の声も聞こえないはずなのに、しっかりと声が出ていたし、審判の声も聞こえないのに「やめ」や「わかれ」が分かるのはすごい集中力だなと思いました。なにより私は、七海ちゃんの剣道に対する一生懸命さに感動しました。普通の人にも負けないくらいの剣道でした。私は、またななちゃんが木守に来てくれたらいいなと思いました。
 そして数日後、川井先生が、「7月4日にななちゃんが来てくれるぞ!」というのを聞き、私はすごく嬉しくてたまりませんでした。
 そして当日、私は一日中ななちゃんの傍にいました。なので一番ななちゃんの一生懸命さが分かった気がします。最初の足さばきの時からななちゃんは、息が切れていました。あの辛い懸かり稽古もめげずにがんばっていました。私はそんな七海ちゃんを見て、すごく恥ずかしかったです。耳の聞こえない子が、まりか達よりも頑張っているからです。
 こんな自分が情けないし、またひとつひとつの事を一生懸命やることを七海ちゃんから教わりました。
 七海ちゃんが道場に来てくれて、本当は私が教えなくてはいけないのに、逆にいろいろ教わりました。自分の気より、七海ちゃんの気の方がはるかに感じられます。だから私は、その気のさらに上を目指して稽古に励みます。
 良いことを七海ちゃんからいろいろ教わったので、それを無駄にせず、日本一目指して頑張ります。

 先日、川井道場にななちゃんが来てくれました。ななちゃんは耳が不自由です。
 ぼく達はふだん発声とともに気迫を出して相手を威圧します。でも耳の不自由なななちゃんはどうやって相手の気迫を感じるのだろうと思いました。ぼくはまず稽古の時に耳からの情報を遮断すると、どのようになるのだろうと考えてみました。まず心にに響いたのは、相手の目でした。相手は僕の目をぐっとにらんでいました。その次に振動でした。相手が攻めたりつめてきた時のわずかな振動をかんじました。
次の稽古の時、ななちゃんが手紙を書いてきてくれました。僕はその時、その文の中でもう一つ答えをみつけました。それは「竹刀」でした。
「川井先生と竹刀でお話をした。」と書いてありました。
僕はそれを聞いて、確かにそうだと思いました。相手が攻めてきたり、相手のおこりや、どうしたいかを僕は、今まで目や耳で感知しているものだと思っていました。しかし、それを竹刀での会話という動作だと気づいたななちゃんは、すごいと思いました。
さらに、僕はもう一つ気付きました。それは、耳からの情報がなくなることによって、他の動作にとても集中することができ、敏感になることです。少しの相手の動きや、目の動きなどを、集中することによって誰よりも早く察知することができます。
そのことが、ななちゃんの、僕たちより長けている部分だと思いました。なので、それに負けぬよう、ふだんの稽古で小さなところにも集中し、相手の動作に敏感になれるように努力します。

 7月4日(日曜日)に、道場に、七海ちゃんが来てくれました。私と七海ちゃんが出会うのは、2回目です。七海ちゃんは、耳の不自由な女の子です。私は、耳が聞こえない子に会ったのが初めてだったので、木守の時、どのように接触すればよいか、また、どのようにたいおうすればよいか、とても緊張しました。
 私は、七海ちゃんの様子をうかがって話しかけました。七海ちゃんは、真っ直ぐな目で私の事を、見ていました。私はそのとき、ななちゃんの今までの努力がわかったような気がしました。理由は耳が不自由な分、目や心の耳を、集中して人が伝えたい事を一生懸命に、わかるようにするそのななちゃんの姿に私は感動しました。七海ちゃんは、とても人思いだと思います。辛い時も、にこにこしてて、人の気をうかがいながら、心ではげましたりするようなことが、つたわってくるような気がしたからです。七海ちゃんは、皆のことを懸かり稽古中一生懸命見ていました。
 七海ちゃんは、優しいです。とても優しいです。だから、心から、人を信頼できたり、自分が伝えたい事を相手に伝わりやすく、素直に思っていることを伝えられるのかな?とおもいました 。七海ちゃんの作文には、「私みたいな、耳が聞こえない子に剣道を教えたい」と書いてありました。その時私は、ちょっとさみしかったです。私達は、不自由なところがない分とてもがんばらないと、と思いました。七海ちゃんは私にとってとても不思議な友達です。友達なのに大切なことをたくさん教えてもらえました。七海ちゃんの優しさを、生かせるような人間に私はなりたいです。心から人を信頼できる人間になりたいです。でもそのためには、ななちゃんみたいな努力が必要です。人をこころから信頼する、または、心から信頼できるその心を大切に思って、これからも頑張っていきます。七海ちゃんありがとうございました。

剣道は「武道」で、礼ぎが大切です。先ぱいが後はいをかわいがり、それが下へずっとつながっていきます。
川井先生がたかひとに「どの先ぱいが好きか?」と、問いかけた時に、ぼくの名前があがりませんでした。ぼくは、それが少しショックでした。たかひとのめんどうをみていなかったんだと思いました。それからいろいろと考えました。ぼくが先ぱいたちにしてもらったことを、たくさん思い出しました。ぼくは、みんな好きだけど、特にたけのり先ぱいが一番好きです。それから貴一先ぱいは、一番そんけいしています。
たけのり先ぱいは、小さい時からいつも二人組をやってくれて、技を教えてくれました。
そしてたくさん遊んでくれました。大げんかもしました。なぐりあいになって最後にぼくの方が泣いて、たけのり先ぱいをなぐってけんかが終わりました。その時たけのり先ぱいは笑っていました。ぼくにとってたけのり先ぱいはアニキみたいです。ぼくはたけのり先ぱいにしてもらったことを絶対に忘れません!そしてぼく自身も後はいからしたわれる先ぱいになれるよう毎日を過ごしていきます。
 貴一先ぱいをそんけいしている理由は、少しちがいます。貴一先ぱいは心がとてもきれいです。言いわけをしたり、人に意地悪をしたり絶対にしません。そして剣道が強いです。この前、円じんをやった時に貴一先ぱいが何人もぬいているとちゅうに、りゅうすけ先ぱいが後ろから来た時、後ろを振り向かずに竹刀でそれを受けました。まるで背中に目がついている忍者みたいで、かっこよかったです。ぼくも貴一先ぱいみたいな先ぱいになりたいと思っています。
 後はいは、先ぱいからしてもらったことを絶対に忘れてはいけません。自分がしてもらったことを忘れてしまったら、かわいがられる後はいにはなれないし、そんけいされる先ぱいにはなれないのだと思いました。

「西本先生」 東 龍佑

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西本先生、ぼくが幼稚園のころいつも西本先生に注意されてたことを覚えていますか。ぼくは今でも覚えています。それは、打ちを強く打てと、打った後の左足のひきつけを早くしろということです。ぼくはそのことをなかなかなおせなくて、いつも西本先生に注意されていました。西本先生はいつもやさしく教えてくれたり、時にはきびしく指導して下さいました。西本先生のやさしいところがぼくは大好きです。ぼくは西本先生に、他にも、礼の仕方やせい座の仕方、もくそうの手の形、せい座からの立ち方など一つ一つていねいに教えて下さったおかげで、今ではそれら全てしっかりと行うことができています。
それと、小学生の時には、幼稚園のころいつも注意されていた打ちを強くと左足のひきつけを早くというのが、とても大切だということがわかりました。打ちは強くないと一本にならないし、左足のひきつけを早くしないと、体がくずれてしまうからだとわかりました。このことに気づけたのは、西本先生が幼稚園のころからぼくに教えて下さったおかげです。ぼくはこれからもずっと西本先生に教わったことを忘れません。

「思い出」 端 真璃華

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私が西本先生に会ったのは十一年前のことです。その頃私はまだ幼稚園の年小でした。
初めて西本先生を見た時私は、すごく優しそうな人だなと思っていました。でも、剣道を教えている時の先生は、すごく怖かったけど、剣道が終わった後は優しく掃除のやり方を教えてくれたりしてくれました。その頃の私は、剣道をしている時の西本先生は嫌いだったけどそれ以外の西本先生が大好きだったのを覚えています。 私の西本先生と一緒に過ごした一番の思い出は、雑巾絞りのことです。私が外で雑巾を絞っていると、それを見ていた西本先生が、
「その絞り方は間違っている。右手を前にして絞るんだ。」
と言われました。その時私は、なんで右手を前にして絞るんだろう、自分がやりやすいほうでいいじゃないかと、思っていたのでいつも通り左手を前にして絞っていました。次の日も同じ事を言われたので私は聞いてみました。
「なんで右手を前にして絞るんですか」
そしたら西本先生が
「これは竹刀のにぎり方の練習になるからだよ。真璃華は打ちが弱いからいい修行になると思うよ。」
と言いました。その時私は打ちが弱い事に悩んでいたので、西本先生の言葉を信じて毎日右手を前にして絞っていました。でも、なかなか打ちは強くならないので途中で、やめそうになったけど、それでもやり続けていたから、今私は打ちが強くなったと思います。一年近くも右手を前にして絞っていたので、今では自然に右手が前に来ています。
  西本先生は私が悩んでいる時に助けてくれた人です。大した思い出じゃないんじゃと思っている人もいると思うけど、私にとってはすごく大きな思い出です。大切な思い出です。そして一生忘れない思い出です。西本先生のおかげで、今の私の剣道があります。
   西本先生ありがとうございます。

「僕の先生」  成田 亮輔

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西本先生天国でもお元気ですか。僕は今とても元気です。
  僕が初めて西本先生と出会ったのは三才くらいの時でした。一組の稽古の時はいつも西本先生がいました。まだ僕がすり足があまりできていなかったころ、西本先生が手で簡単に教えてくれました。他にも、まだ試合経験が少なく技をあまり知らない時、西本先生が面ぬき面と小手ぬき面のコツを教えてくれました。その後の試合で僕は初めて面ぬき面で一本取れる事ができました。その時はとてもうれしかったし、その時初めて剣道が楽しいと思いました。また、苦しいかかり稽古の時西本先生のたいこが聞こえると自然に気合が入りがんばれました。いつも西本先生のたいこの音はとても力強く優しい音でした。
  そんな西本先生が亡くなったと聞いた時は、胸に穴があいたような体の一部が無くなったようで、とにかく体が寒くなったのを覚えています。西本先生は僕たちの道場にとってお父さんのような存在でした。最初はとても悲しくて、生きかえってほしい、また会いたいとも思いました。ですがだんだん考えているうちに、なんだかホッとしたような感じになりました。今では西本先生に「ありがとうございました。おつかれさまでした。」と言いたいです。
 西本先生へ
  僕はこれからも剣道を一生懸命がんばって天国へ僕達の声を届けるので聞いていて下さい。また、僕達を見守って下さい。先生の力強い意志や優しい心は、しっかり僕の中に生きています。きっと道場のみんなの中にも西本先生が生きています。もし優心塾に新しい仲間が来たら、僕は伝えます。この道場にはメガネをかけて、大きくてジンベを着ていて、強くて優しい先生がいたことを。そうすれば西本先生はずっとずっと生きると思います。
   西本先生本当にありがとうございました。長い間お疲れさまでした。

「こんちくしょー」とは、相手でなく自分に言う言葉です。かかりげいこなどで先ぱいに飛ばされると自分にむかってよく言っています。「こんちくしょー」を言うと相手に全力でむかう勇気がわきます。しかし毎日「こんちくしょー」がでるわけではありません。   がんばっていても「こんちくしょー」は、でないことがあります。これからは「こんちくしょー」が出るくらいに全力でけいこをして、いつでもだせるくらいに成長します。     
「こんちくしょー」をけいこの時だけでなく試合でも使えるようにします。試合では「こんちくしょー」の勇気で相手にたちむかいます。「こんちくしょー」でけいこをして、「こんちくしょー」で試合して、明日は絶対優勝してみせます。そして県大会、全国大会までに「こんちくしょー」をできるように、これからいっしょうけんめいけいこをして、がんばっていきます。そして「こんちくしょー」を出すためにすることは、たくさんあります。まず「声をだすこと」「全力でけいこすること」「無我夢中でけいこすること」「先ぱいにたくさんしごいてもらうこと」「そのために人に好かれるようになること」このことを日々のけいこでがんばっていきます。また一つ僕に課題ができました。

「勝負はさやの内にあり」という言葉は「居合い」の言葉だそうです。「勝つか負けるかは、刀をぬく前、刀がさやの内にある時こそ大事」だということです。
父から「太陽は試合の時に自信がないとき、礼があさい」と言われました。父から見ぬかれていると思いました。
 そして、前にたけつね先ぱいが言っていた話を思い出しました。たけつね先ぱいは、そんきょをしてかまえたしゅん間に、相手を強くにらみつけるそうです。そして相手の目の
様子を見て、自分より強いか、同じくらいか、弱いかを判断するそうです。「目が弱いやつにはまちがいなく勝てる!」とたけつね先ぱいは言っていました。そんきょをした時に
勝負が決まっているそうです。それが「勝負はさやの内にあり」ということだと思いました。わき目もふらずに必死でけい古を重ねた結果、「こんな必死でやったのだから負けるわけがない!!」という自信になります。その自信が炎のようなオーラとなって、体から出るのだと思いました。まず、そんきょをした時、その炎のようなオーラを相手に見せると、相手もしんぱんの先生もびっくりするはずです。
「太陽はこんちくしょうという気持ちを持っているけど、全然出せていない。」
と先生から言われました。今日も出せていなくて個人戦で負けてしまいました。すごくすごくくやしくて、ごはんが食べられませんでした。勝つうれしさも大きいけど、負けるくやしさも、とても大きいと思いました。
 もうすぐ県大会です。今という時は、今しかありません。絶対に後かいもしたくありません。後かいをしないように、準備をします。準備とは、試合で炎のようなオーラを出すために必死でけい古をすることです。
 自分が納得するところまで必死でやると、弱気が強い自信に変わり、負けない自分になれます。
 絶対に後かいしないように!
 毎日を大切に、必死でがんばります!!

三つの失礼とは、自分、相手、先生に対しての失礼です。ぼくは、失礼と考えて剣道をしたことはありませんでした。その話をきいて、だらしない試合は三つもの失礼をしてしまうことに気づきました。三つの失礼の話を聞いたおかげで、失礼のことを考えて試合にのぞめました。今までがんばってきた自分に失礼のないように、全力で試合にのぞんできてくれる相手に失礼のないように、そして、ぼくに色々教えてくれた川井先生に失礼のないようにと、三つの失礼という言葉をむねにけい古でも、試合でもがんばれます。それに、ぼくはだらしない試合をして失礼なのは三つだけではないと思っています。自分のけい古のもとだちに立って教えてくれている先ぱい、自分をいつもささえはげましてくれている仲間、自分を応えんしてくれている父や母にも、とても失礼なことをしているのだと知りました。これからも、だれにも失礼をかけないという気持ちでがんばり、いっしょうけんめいにけい古をがんばって、みんなの力で全国大会優勝します。

 今日は、まちにまった埼玉県大会がありました。ぼくたちは、今まで全力でけい古にはげんできました。この前、川井先生は、三つの失礼について話してくれました。一つ目の失礼とは、こんなにけい古にはげんできたのに全力を出せなかった自分に失礼です。二つ目の失礼は、全力で試合にのぞめなかった相手に失礼です。三つ目の失礼は、ぼくたちに今まで全力で指導していただいた先生に失礼です。ぼくは一回戦目からこの言葉をわすれずに全力で試合をしました。危ない試合もありましたがチームワークで勝ってきました。みんながチーム一体となって決勝戦にのぞみました。ぼくたちは、まだ弱いです。でも最大の武器があります。それは前にはなかったチームワークです。そして、次鋒と中堅が二勝してくれて、大将がそれを守り、ついに優勝できました。これは、グーの力があったからこそと、先生方やいろんな人たちが応援してくださったから優勝できたと思いました。これはみんなで勝ちとった優勝です。これからも全力でけい古をして、川井先生に近づけるようにがんばります。

 僕たちは「三つの失礼」がない試合をした結果、埼玉県大会で優勝することができました。「三つの失礼」の一つ目は「自分に失礼」、二つ目は「相手に失礼」、三つ目は「今まで教えて下さった先生方に失礼」です。 
県大会の会場では川井先生は特に 
「自分にはずかしくないように(失礼がないように)やれよ!!」 
とおっしやいました。そのおかげでぼくは気持ちのスイッチがピッ!と入りました。絶対に自分をうら切らないようにする、という強い気持ちで、弱い気持ちもきんちょうもふっ飛ばしました。レギュラー全員がその強い気持ちになったから、決勝戦で強い相手に勝利することができました。 
 昨年の県大会は、かいと先ぱいと、たけのり先ぱいの力がすごくあって勝ち取った優勝カップだったけど、今年はもちろん、たよりになる先ぱいたちは同じチームにはいませんでした。今年はぼくたち自身が先ぱいとして、戦わなければなりませんでした。ぼくは小学生の剣道のまとめの年に優勝できて、去年の何倍も何倍も達成感を感じました。 
「やったぞ!!ぼくたち一人一人は去年の先ぱいたちより弱いけど、ぼくたちにもできたよ~!」と心の中でさけんでいました。 
次はいよいよ全国大会へのちょう戦です。全国大会では「三つの失礼」にくわえて「チームの仲間たちに失礼」と「父や母、後えん会の方々、親せきや近所のおばさん、友だちやぼくを応えんしてくれているすべての人に失礼」の五つの失礼がないように、ぼくの最高の強い気持ちで、炎のような気はくで、気持ちのきれない試合をします!!
そのために、明日からのきついけい古にも「失礼」がないように一生けん命に取り組みます。今、ぼくの体の中心から燃えるような力がわいてきています。

 このあいだ川井先生が「三つの失礼」について話をしてくださいました。
三つの失礼の一つ目は、今まで一生けん命けい古をしてきたのに全力を出さなかった自分に失礼。二つ目は、全力を出して戦わなかったので相手に失礼。三つ目は、道場に来てぼくたちのけい古の指導をして下さった先生方に失礼の三つです。ぼくは話を聞くまで三つではなく二つの失礼だと思っていました。一つ目は、いつも急いで道場に来てもとだちをしてくださる先輩方に失礼。二つ目は、道場に来てぼくたちに指導して下さる先生方に失礼の二つだけだと思っていました。なので、自分にと相手に失礼と聞いた時、「なぜだろう。」と思いました。でもよく考えると、一生けん命けい古をしているのに全力を出さないで負けるのは失礼だと思います。なので「たしかにそうだなぁ。」と思いました。
  今年の団体戦の新メンバーになってから、五人はバラバラだったと思います。だれかがおこられても「次がんばろう。さっきのここがよかったよ。」と声をかけ合うこともなかったような気がします。
  県大会では、一人一人の全国大会に出場したいと思う気持ちが一つになって五人で勝ち取れた優勝だと思います。チーム一人一人の強さはあまりありません。なので、チームの団結力、つまり一致団結して戦うしか勝つ方法はないと思いました。
  ある日ぼくたち五人は一日遊ぶことがありました。ぼくは、自分の遊びたいことをしたい。でも、やりたくないことはしたくない。遊びの中で負けたくないとムキになるのに、試合ではムキにならないと、川井先生に注意をされました。五人で遊び、まとめることが上手な、なおがキャプテンになりました。くやしいという気持ちより、キャプテンを少しの間やっていたので、大変だということがわかるので、どんなことでも助けていこうと思いました。
  昨年のかいと先輩の大将としての信頼・安心感はぼくにはありません。でも、今までする勇気がなかった、周りの人たちに声をかけていくことを決めました。
  たくさんの人たちがぼくたちをおうえんして、けい古に来てくださったり、大会の引率をしてくださったり色々なことでお世話になっています。なので期待にこたえるため、一生けん命けい古をし、大会で良い試合をし、良い成績をほうこくできるようにします。
  今までは人になにかをしてもらっても、感謝の気持ちがたりなかったので、これからは感謝の気持ちを大切にしたいです。

ぼくは、合宿初日から先生が立ち方を教えてくださったにもかかわらず、たってころんで足がはれ、先生にたいへんご心配をおかけしてしまいました。ぼくも病院に行くまでは、結果がきになり正直すごくこわかったです。病院で結果を聞いた時には、少し気持ちがおちつきました。
その後道場に帰ると、川井先生がかけて下さった「よかったな。そんなに大したけがじゃなかったな。」という言葉が、今も頭からはなれません。うれしかったです。
そして道場に入ると、昼食の時間だったので、班の席に行くと、班のみんながかけてくれた「だいじょうぶ」という温かい言葉。他の班の人たちからもかけてもらったこの言葉も頭からはなれず、みんなの温かい心がすごく感じられました。
二日目からはじっこで素ぶりをしていて、見学者のぼくにも優しく指導して下さったりして、とてもいやすくてうれしいと、ぼくは心の中で思いました。
みんなでピクニックに行こうと先生がおっしゃた時にぼくは、「足がダメなので道場に残ります。」と言ったのに対して、川井先生は笑顔で、「お前だけおいていくわけねぇだろ」とおしゃって、ぼくは、とてつもなく、うれしくて涙目になっていたのも覚えています。
朝の素ぶりの時には、先生が冗談でこしょこしょをしてきたり、頭をなでてくれたりしていただきとてもうれしかったです。
ふとんをたたむ時も、「お前はいいからあっちにいってろ。」という言い方ではなく「足が悪いんだからやらなくていいよ。」と先輩が言ってくださったのも覚えています。ぼくもふだんからの言葉かけを気をつけようと思いました。
打上げパーティーの時には、誰かにズボンをさげられましたし、メニューのごうかさにもおどろかされました。
この合宿では、いろいろな事を学べました。「持ちつ持たれつ」の関係。ぼくは「持たれつ」の方ばかりだったけれど、この思いをむねに、次は「持ちつ」の方をがんばり、上手にバランス性のとれた人間になりたいと思います。
「だんし三日みざればまさにかつもくしてこれをみるべし」この言葉も文章も長いですがすごく言い意味だなと思いました。
この三泊四日間でいろいろな事も学べたし、新しい友達もできて、ひじょうに有意義な四日間でした。最後に出る時に設楽先輩に気合いを入れてもらったのでこの後もがんばれそうです。
本当に四日間お世話になりありがとうございました。
本当に楽しかったです。

僕は今回の合宿を参加した人達全員が、良い合宿だったと思えるような充実した三泊四日に自分が先頭にたってしていこうと考えていました。そのために自分自身を変えようと思いました。
 でも、一日目でそれがどれだけ大変な事か思い知らされました。稽古をいくら頑張っても、生活面でうまくみんなをまとめる事が出来なかったからです。
 僕はその日の夜、自分のどこがダメだったかを考えてみました。考えてみると、僕は何でも自分一人でやろうとして、仲間を信頼しきれていなかったと思いました。リーダーのまわりを常にみて的確な指示を出すという役割が果たせていなかったと反省しました。僕はもっと仲間を信頼して、みんなで合宿を盛り上げて行こうと思いました。次の日から、だんだんとうまくいく様になって、先生方に良くなったと言われた時はうれしかったです。
 
僕は今まで小さい子の面倒を見るのがあまり得意ではありませんでした。でも、僕の班にはてっぺいがいました。僕は初め、てっぺいとうまくやっていけるか不安だったけど、とても素直で優しい心を持っている良い子という事が接していてわかりました。僕はてっぺいのおかげで、どんな子でも自分から素直な気持ちで接すれば、心を開いてくれるという事に気づくことができました。
 もう一人、僕の印象に残った子がいます。それは、りょうやです。りょうやは稽古は出来ないけれど、生活面で僕達の事をたくさん支えてくれました。合宿が終わるころには、りょうやと僕たちは友達になっていました。僕がりょうやと接していて、一番おどろいた事は、給水で誰が何杯飲んで、どんな具合かを知っていた事です。これを知ってりょうやが、どれほどこの合宿を成功させたいかわかりました。りょうやはもう立派な優心塾の一員だと思います。

僕は合宿を通じて、リーダーというのは自分が自分に厳しくならないと後輩は絶対についてこないと感じました。そして自分がしっかりして、先生の指示を受ける前に自分で気づき、行動しないと、自分のためにもみんなのためにもならない無意味な合宿になるという責任も感じました。
 僕はこの合宿でたくさんの事を学び、成長することが出来ました。この合宿をつくり上げてくれた仲間や、先生方、ご飯をつくってくださったみさこさん達、保護者の方に感謝します。

「こわい。」
これは僕の通っている剣道の道場の先生だ。この先生は、背がちょっと高くて、タバコのにおいがするし声も大きい。なぜ怖いかというと、 声を出さないと「ビンタ」や竹刀で「ケツバット」をするからだ。声を出さないとやられるが他にも、試合に負けたりしてもそうなる。
だけど僕はこの先生の良い所も知っている。それは、約束を守ること、できたことがあるとちゃんとほめてくれること、わからないことがあるとずっと教えてくれること。ちなみに僕はまだ「ビンタ」をされたことがない。
 先生がかぜをひくと、きげんが悪くなる。そして八つ当たりのようにその日の稽古が厳しくなってしまう。そんな時は、いつもの3倍ぐらい声を出す。出さないとほっぺたかおしりが、
「バッコーン!!」
となってしまうからだ。でも全員がなる時は5回中1回。後の4回はキャプテンが、
「バッコーン!!」
となってしまう。そうなってしまわないためにみんなが3倍声を出す。
 でもこわい先生だけどその分、大会ではいい成績を取っている。県大会を2連覇、全国大会優良賞。他にも市民大会ではいつも優勝、準優勝、三位はうちの道場だ。これは全て、こわい先生のおかげだと思う。こわい先生だとほめられた時はやっぱりものすごくうれしいし、もっとがんばろうという気になる。中学生になると今よりも4倍ぐらいつらい稽古になるし、いつもビンタやケツバットをくらうかわからないけど、つらい稽古を道場のみんなで乗り越えてもっともっと強くなる!!


【評価】
思春期に大切なのは、ガツンと言ってくれる「外の師匠」だと、いつもお母さま向けの講演で言っているのですが、その証明書を書いてくれたような作品です。
六年生としては、やや荒削りな作品かもしれません。しかし、とても魅力的です。それは、怖い。しかし実力はある。怖いからこそほめられると嬉しい。そしてがんばりたくなる。そんな剣道の先生のことを、広晃君が、尊敬のこもったまなざしでよく観察し、色んな角度から、詳しく書き上げてくれたからです。
鍛えられたい男の子の気持ちの、純粋で強い思いも、直球で伝わってきます。これからもその気持ちを失わず、中学高校と、精進する人として歩み続けてください。
それにしても、広晃君は、素晴らしい師と出会いましたね。まっすぐで人間味あふれる人柄が、良縁をひきつけたのでしょうね。(高)

カコメのジョナサンとは、カモメが百羽飛んでいて、先頭にいる一羽のことをカモメのジョナサンと呼ばれていて、残りの九十九羽をカモメのみなさんと呼ばれ、百羽いて一羽だけしか名前がありません。

その一羽のカモメは、いつも先頭に立ち、みんなをどこかに連れて行けばいいか、どこに行けば安全かを確認したりして一番大変です。

だから一羽だけ名前があって、百羽の中で一番かっこいいのです。

ぼくは、この話を小さい時から何度も聞きました。

この話を聞いたときから早く自分も、この優心塾川井道場で一番になってやるという気持ちになりました。

でも、一番になるのは、カモメのジョナサンと一緒で、辛い時でも先頭に立って誰よりも声を出して、誰よりも先に自分から辛い事に向かっていかなければいけません。

そしてみんなをひっぱって行かなければいきません。

だけど、そんな辛い事から逃げずに乗り越えて行かなければ、一番にななれません。

だからぼくは、毎日の辛い事から逃げずに、誰からも信頼されて、自分はカモメのジョナサンだという気持ちを今まで以上に強くしていきます。

そして、どんなことでも一番になることを忘れずに、毎日の辛いけど楽しい稽古を自分から向かっていき、自分以上のカモメのジョナサンはいないと言われるように稽古も掃除も一生懸命がんばります。

 

 

日曜日川井先生がカゴメのジョナサンについて話してくださいました。

カゴメのジョナサンとは百匹いるカゴメの内のリーダーの名前です。その他の九十九匹のカゴメはカゴメのみなさんといってみんな同じ名前です。ジョナサンはみんなの先頭で飛んで、行き先や方向など全て自分で決めます。でも一番カッコイイですが一番つらいのもジョナサンです。

強い雨や風を一番受けます。そんな辛い事があってもやっぱり一番カッコイイです。

そんなみんなの作文を川井先生が読んでくださっている中、川井先生が{自分がジョナサンだと思う人は手をあげなさいと、僕達に問いかけてくださいました。僕はその時、手をあげる事ができませんでした。手をあげれなかった時、僕は一つ恥ずかしさと、もうひとつ、自分がジョナサンではなく残りのカモメのみなさんだったという悔しい気持ちになりました。

その日家に帰った後、自分はどんなジョナサンにならなくてはいけないんだろうと考えました。

考えた結果、僕は人一倍がんばるジョナサンになろうと心に決意しました。今僕は優心塾では最上級生です。みんなをまとめる役としてこんなんでいいのかと反省しました。みんなをまとめられる人は人一倍がんばり、後輩に優しい人です。僕はよく川井先生に優しいだけなら何にもならないと言われます。

なので心に決意した。人一倍がんばるジョナサンになり、後輩からも信頼される先輩になってこれからの日々の練習や夏の合宿をがんばります。

 

 

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