優心塾川井道場 公式ブログ│埼玉県剣道場・武道を通じてたくましく優しい子を育てる優心塾川井道場

あちゅい。(;一_一)

先日は木守り剣士会に参加下さった、先生、御父兄の方お疲れ様でした。あのクソ暑い中怪我もなく又死人も出ずにに済みました。

またこれから各道場で稽古や合宿、試合などあると思いますが、子供達には十分に給水、朝の食事を欠かさず取らせるようにしてください。

これからまだまだ暑さは続きますがお互いがんばりましょう。

あの暑さの中、子供達は一生懸命に稽古に励みました、よくやったね、がんばったねーと一言褒めてやってくださいね。

 

で今日の本題。

昨日のでき事ですが、わしんとこの娘、時間にルーズなんです。何時に出発するから準備しろって言ってもマイペースちゅうですか、10分は遅れます。

すると痺れを切らしたかぁーちゃんが娘を叱るわけなんです。「あんたほんとうにバカなじゃないの」と怒っていました。

わしはその言葉が妙に懐かしく思えてきました。わしもガキの頃、よく言われました。

じゃがわしはその言葉にいつも、あんたも馬鹿なんじゃないと思っておりました。毎回言われていると、馬鹿なんじゃない?と疑問視的な発言やめれば、と思っておりました。毎回言ってれば、ほんとうにバカなんですよといい加減に気がついてほしかった記憶があります。

また馬鹿ちゅう漢字ですがなんでうまちゃんや、鹿ちゃんを付けたんでしょうか?この頃娘よりお馬ちゃんのほうがお利口さんに見えてきます。

で馬鹿ちゅう意味を調べてみました。

 

この語は、あまりにも普遍的に用いられる事が多い事から、使う人・使われる相手(または対象)・使われる場により意味が変動する様子が見られる。一般的に関東では軽い揶揄程度で使われることが多いが、関西では本当に罵り倒すときに使用されるなど、地域性の違いも見られる。相手の出身によって受け取られ方も大きく違う事も注意を要する(下記方言と分布状況参照)。

比較的多く見られるニュアンスでは「知識が足りない」や「思慮が足りない」、更には「理解の度合いが足りない(ステレオタイプを乱用している)」という意味合いで用いられる。ただ、基本的に当人の理解しようとする意思努力が不足しているとする傾向が強く、類語である阿呆(あほう:理解したり思考する能力が不足している)との違いも見られ、先に挙げた関西と関東の「罵り程度の強弱」は、阿呆と馬鹿で逆転している傾向も見られる。意味自体に地域性は無いが、関東では阿呆というと、かなり強い軽蔑の意味を持つことが多い。

その一方で、罵る意味が欠落する場合も多い。典型的な例としては、親しい間柄や恋人(特に男性が女性に)の間でかわされる会話が挙げられる。この場合の意味にはののしる意味はない。「親しさ」の表現や「恥じらい」、または「本気で愛している」を表現する上での符丁のように、様々な局面で用いられる。いずれにせよ長所も短所も併せて好き合っている間柄でないと同語はあまり使用されず、非常に親密な状態を示すバロメータと言えよう。 馬鹿の「ばっ」という言葉を用いる場合もあるがこの場合は馬鹿と言いかけそうになった場合で本当に言ってる訳ではない。

他方では、何かに熱中している人を指し・または自称で「馬鹿」とする場合がある。これは熱中する余り、他への配慮が等閑(なおざり)になっている様子を指している。例えば漫画を原作とする映画シリーズでは『釣りバカ日誌』が邦画の中でも好調な興行成績を挙げているが、同映画に登場するのは「釣りを他よりも大きく優先するサラリーマン」と、「歳を取って釣りに出会い、その面白さについ没頭してしまう経営者」のユーモラスな友情である。この場合の「バカ」は主に自称であるが、時に一種の尊称として扱われる場合もある。もっと昔からいわれてきた「大馬鹿」に似た表現で、ごく最近の若者言葉では、あまりにも踏み外した者を「超馬鹿」「激馬鹿」など馬鹿の前に修飾する事で踏み外し度合いを強調することもある。

しかし、同語は多かれ少なかれ感情的な意味合いを含む言葉であるため、その用法は公的な場では制限される事が多い。例えば、所属組織の上司に向かい同語を用いると、社会人として致命的な状況に追い込まれる可能性がある。また、子供同士の他愛の無い喧嘩などで、お互いにバカだ何だと罵り合う・掴み合う様がしばしば見られるが、これは傍目には、双方が馬鹿のように見える一つのケースである。さらに、同語を繰り返し用いると、相手の気分を害したり、人を見下す意味合いになる場合もある。

なになに本気で愛してる?

なーんだ愛情表現だったのねぇ。

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