優心塾川井道場 公式ブログ│埼玉県剣道場・武道を通じてたくましく優しい子を育てる優心塾川井道場

幸せ。

娘と剣道を通じて接してきてはや5年。娘にとって、また自分にとって幸せってなんだろうと考えた。仕事でもなんで俺だけがとか私だけがこんな目にあうのーなんて言葉をたまに耳にする。

子供もちょいとミスすりゃー世の中の不幸を一人で背負ってるようなオーバーな言い方をするんじゃ。

じゃ幸せって何なのか?美味しいものを食べてるとき?遊んでいるとき?大人だったらお金がたくさんあること?人それぞれ幸せの感じ方が違うのもしゃーないのじゃが、幸せの本来の意味とは別に聞こえてくるんじゃな。

低学年の子供と接しているとなんか自分自身見失っていたことをふっと感じる事があるんじゃ。眼を見ていても透き通っており、何御穢れもしらない眼なのじゃなぁ。娘が小さい頃この眼でおとしゃーんマックが食べていって言えばじゃ昼飯はマックで食べようとマックに行き娘の笑顔を観て幸せを感じていたんじゃなぁ。しかし娘にとってはどうだっつたのか、幸せだったのかと考える。ただ親が娘に幸せを与えたのかそれとも快楽の一部を満たしたでけなのかと感じてしまう。

このような長年の繰り返しで幸せを感じるものではなく与えるものにしたような気がしてならない。

娘の筆箱の中をのぞいたら勉強もせんのに必要以上の筆記具が入っておる。シャーペンだけでも3本~4本入っておる。娘になんでこんなにたくさんシャーペンがあるんじゃと聞くと、無くしたらやだからと答えてきた。この言葉には逆に無くしてもいいって意味にも聞こえるんじゃ。

日本は豊かな国になった。高級品も大量生産で価格が下がり一般普及すれば使い捨て状態の品物に変わってしまう。シャーペンも昔は高価な物じゃったのにこのような感覚な品物になってしまった。安売りを否定するわけでもないが、物を大切にしなくなった原因になったことは確かな気がする。

娘に昨日、お前にとって幸せって何?と尋ねた。考え込んで返答に困っておった。質問を変えじゃー楽しいことって何?遊んでいるときって答えた。次にストレスは何?と尋ねた。勉強と答えた。

わしは今から10年ぐらい前にフィリピンに仕事で行ったことがあるんじゃが仕事の合間に観たかった場所があり現地のガンを持ったボディーガード(ガイド)とスラム街に行ったんじゃがそこは日本では夢の島のようなゴミ捨て場なんじゃが、子供たちが沢山、ごみ山に登って何かを探しておるんじゃ。ガイドに聞くとゴミの中から金属やプラスチックを拾いそれを売って生活費の一部にしているらしい。ハエはたくさん飛んでおり、悪臭もすごい場所なんじゃが、ごみ収集車が来ると我先にと子供たちがごみを降ろすのを待っておるんじゃ。一日の稼ぎは多い子で日本円で30円位だそうだ。

近くにバラック小屋がありそこで稼いだ小銭を握りしめその小屋に入っていく少女がおったので小屋を覗いてみたら数人の子供がなんや順番を待っておるんじゃ。奥からは音楽が聞こえ、なんや異様な雰囲気じゃったが、通訳に聞くと日本のカラオケボックスじゃった。少女に聞くと親との約束でその日の稼ぎの一部10円(一曲)だけをそのカラオケで使うことができるそうじゃ。

その少女はわしにニコニコしながら大人になったら歌手になりたいとわしに眼をキラキラさせながら話してくれたんじゃ。今でもその光景は忘れられない。

 

わしもその時のことを思い出しながら、娘に話した。お前が普段幸せにかんじているものはほとんどが与えられたものだぞ、これから自分自身で幸せを感じなさい、幸せを自分でつくりまさい。

それができるまでは、ご飯を食べれることを幸せに感じろ、シャーペンが使えることの幸せを感じなさい、勉強ができる幸せを感じなさい、習い事に行ける幸せを感じなさい、世界中でやりたくてもできない子もたくさんいることを忘れるな、努力して掴んだ成果がお前にとって最高の幸せになることを感じろと教えた。

また、楽しい事を毎日すればその楽しさもつまらなくなりそれ以上の楽しみを追いかけるだけになるそれは自分自身の快楽を追及するだけだ、楽しいことは小出しにし自分に対する御褒美にしなさいと珍しく親子の会話をしたんじゃ。

そんな話をしていたら遊戯三味を思い出した。遊戯三味の元徳はこのことを意味している気があっし個人的に感じた。

 

昨日しおん君に打たれた面の打ちどころが悪かったのか首は痛いし、背中も痛いおまけにつまらんネタをずらずら書き込んでしもうた。

 

 

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